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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1336号 判決

控訴人 株式会社仙石屋

被控訴人 土木田勉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決をもとめ、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者の主張、証拠の提出援用認否は、控訴代理人において、次のような主張を追加したほか、原判決の事実摘示に記載するとおりである。(ただし、原判決五枚目裏第一行目に「第二号証の二」とあるのを、「第二号証の一」と訂正する。)

控訴代理人が当審で新たに追加した主張は次のとおりである。

「被控訴人は本件約束手形二通ないしその書替前の手形を取得するにあたり、受取人鈴木英夫が、控訴会社の取締役であることを知りながら、それらの手形振出につき、控訴会社の取締役会の承認の有無を調査しなかつた。これは被控訴人の過失というべきであるから被控訴人の請求は保護に値しない。」

理由

一、金額四三九万八、〇〇〇円、満期昭和三九年六月一三日、支払地振出地とも神奈川県足柄下郡箱根町、支払場所株式会社駿河銀行宮の下支店、振出日昭和三九年五月一五日、受取人鈴木英夫との記載および振出人として控訴会社取締役社長金丸信名義の記名捺印があり、さらに鈴木英夫名義の白地裏書の記載のある約束手形一通((イ)の手形)と、金額が三八四万円、満期が昭和三九年七月一五日と記載されているほか、右(イ)の手形と同じ記載、記名捺印のある約束手形一通((ロ)の手形)とを、被控訴人が現に所持していることは、控訴人において明らかに争わないので、自白したものとみなす。

二、(イ)の手形が、控訴会社の専務取締役で一般に手形振出の権限をも与えられていたとみとめられる鳥居宏によつて作成され、受取人鈴木英夫に交付されたものであり、鈴木英夫が偽造したものでないことは、証人鳥居宏の証言によつて明らかであるから、右は控訴会社の振出した約束手形というべきであり、(ロ)の手形を控訴会社が振出したことについては、当事者間に争がない。

三、もつとも、証人鳥居宏、同鈴木英夫の各証言に前記第一項記載の事実を参照すれば、(イ)の手形は上記鳥居宏が、金額、満期、振出日および受取人欄を白地のまま鈴木英夫に交付し、白地部分のうち振出日以外は鈴木英夫が補充し、振出日は被控訴人が手形取得後補充したものであることがみとめられるが、右各証拠によれば、その白地の補充については、鳥居宏が鈴木英夫にその権限を与えたものであることをみとめることができる。鈴木英夫に補充権のなかつた旨の控訴人の主張は採用できない。

(ロ)の手形については、証人鳥居宏、同鈴木英夫の各証言、原審における被控訴人本人の供述により、鳥居宏において、受取人欄のみ白地にして、被控訴人に交付し、被控訴人が鈴木英夫をして受取人欄に同人の氏名を記載させ、裏書をさせたものであることがみとめられ、右証人鳥居宏の証言により、鳥居宏は被控訴人に、右手形を交付する際、受取人欄の白地補充の権限を与えたものとみとめられる。

したがつて、(イ)の手形(ロ)の手形とも、完成に欠けるところがなかつたといわねばならない。

四、控訴人は、上記二通の手形を、鈴木英夫の詐欺により振出したものと主張するが、これをみとめるに足る証拠はない。

五、控訴人はまた、(ロ)の手形は、鈴木英夫の偽造した控訴会社振出名義の手形を書替えたものと主張するが、右偽造の事実をみとめるに足る証拠もない。

六、上記二通の手形に受取人として記載されている鈴木英夫がその振出当時控訴会社の取締役であつたことは、成立に争のない乙第一号証によつて明らかであり、被控訴人が右二通の手形取得の時それを知つていたことも、証人鈴木英夫の証言、被控訴人本人の供述によつてみとめられる。

ところで、商法第二六五条は手形の振出についても適用があるといわねばならないが、当裁判所は手形の振出を手形の作成と交付とにわけ、手形債務者の一方的行為である手形の作成によつて手形上の権利(義務)が発生し、相手方に対し右手形を交付することにより権利が移転すると見ることが、手形の諸法律関係を律するに適当であると考える。そして商法第二六五条にいう「取引」は、相手方ある手形の交付行為のみをさし、したがつて、同条は手形の交付行為のみに適用があり、手形の作成行為には適用がないと解すべきである。この見解は自己を受取人と記載した約束手形を作成して、これに裏書して他人に手形を交付した場合、裏書行為についてのみ同条の適用を考えることから類推すれば容易に理解できるところであろう。そして交付行為については、手形上の権利の帰属に関する行為として、手形の善意取得に関する手形法第一六条第二項の規定の適用があると解すべきである。

(イ)の手形が、上記控訴会社の専務取締役鳥居宏によつて受取人たる取締役の鈴木英夫に交付され、鈴木から被控訴人に交付されたものであることは、証人鳥居宏、同鈴木英夫の各証言によつて明らかである。そして控訴会社から鈴木英夫への交付(権利譲渡)については、証人鳥居宏の証言により、控訴会社の取締役会の承認がなかつたとみとめられるので、その交付は無効であり、鈴木は右手形上の権利を取得しないものというべきであるが、被控訴人が鈴木から右手形を取得するに際し、鈴木の取得に右取締役会の承認がなかつたことを知つていたとみとむべき証拠はなく、鈴木が取締役であることを知つていたとの一事によつて、右取締役会の承認のなかつたことを知らなかつた点について重大な過失があるものとまでいうことはできないし、他にその点の重大な過失をみとむべき事情についての証拠はない。

(ロ)の手形についても、手形面の記載によると控訴会社が取締役鈴木英夫を受取人として振出し同人が白地裏書しているのであるから(イ)の手形の場合とまつたく同様の判断にいたるが、前記のとおり、この手形は、鳥居宏が受取人欄を白地にして直接被控訴人に交付したものである。こうした場合、商法第二六五条の適用については、手形上の記載によるべきではなく、現実の交付、すなわち現実に権利譲渡行為のなされた当事者について考えるべきであるところ、(ロ)の手形の場合には、前記のとおり手形は控訴会社より直接被控訴人に交付されたものであるから(ロ)の手形振出について同条の適用の余地はないといわねばならない。

もつとも、証人鈴木英夫、同鳥居宏の各証言および被控訴人本人の供述によると、(イ)の手形も(ロ)の手形も、控訴会社が鈴木英夫に金融を得させるため振出した融通手形が、十数回ないし二十回ほど書替えられた最終の手形であり、以前の手形は、鳥居から鈴木、鈴木から被控訴人に交付されていることがみとめられる。そして、鈴木に対する右書替前の手形の交付については商法第二六五条の適用があつたわけで、被控訴人のその手形の取得が手形法第一六条第二項によつて無効とされるならば、(ロ)の手形は、その書替手形であるから、その手形振出の原因関係から、控訴会社は支払を拒むことができることにもなるが、以前の手形についても、鈴木に対する交付について控訴会社の取締役会の承認がなかつたことを、被控訴人が知つていたこと、または知らないことに重大な過失があつたことの、いずれもみとめられないことは前と同様である。したがつて、控訴会社はすでに、以前の手形について被控訴人に手形の支払義務を負担していたというべきであり、その書替手形である本件の手形の支払を拒む理由はないといわねばならない。

また、鈴木の金融のために振出されたところだけ考えると、(ロ)の手形の振出について商法第二六五条の類推適用が問題となりうるとしても、(ロ)の手形は、右のとおり、すでに控訴会社が支払義務を負う既存の手形の書替として振出したもので、そこで新たに利害関係に立つたのではないのであるから、商法第二六五条を類推適用すべき場合ではない。

そうすると、被控訴人は、上記二通の手形を有効に取得し、控訴会社は、振出人としての義務を負担するものといわねばならない。

七、右二通の手形を被控訴人が、それぞれの満期に支払のため支払場所に呈示したことは、当事者間に争がない。

八、そうすれば、被控訴人の本訴請求をすべて認容した原判決は結局相当であるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口茂栄 鈴木敏夫 友納治夫)

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